第20話:ムアと、心を映す宝石 〜『旅人と宝石』〜

jinsei-shippitsu

【前置き:旅人と宝石(ペルシャ寓話)とは?】

この物語は、中東・ペルシャに古くから伝わる
「旅人と宝石」型の寓話を参考にしております。

拾った宝石をめぐり、
見る者の“心の状態”によって価値が変わる――
そんな象徴的な物語です。

『旅人と宝石』――
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【1】森の奥で見つけた“光る石”

ある日の午後、
森の空は、夕焼けの少し手前の色をしていた。

ホップとミミとムアの三人は、
ふく翁の記憶書庫からの帰り道、
いつもより少し森の奥のほうまで足をのばしていた。

ホップ
ホップ

ねえ、あの丘の向こうまで行ってみようよ!


ホップが、赤い上着をひるがえしながら駆け出す。

ミミ
ミミ

ホ、ホップくん、そんなに行ったら迷子になっちゃうかも…

ミミが耳をぴんと立てて心配そうに言う。

ムアは少しひけらかした様に言う。

ムア
ムア

ほんとうに迷子になると思うか?
ここから方角を三つ覚えておけば、戻るのは簡単さ。

そう言って、木々の位置と太陽の角度を
冷静に目で追いながら歩いていく。

やがて、
小さな岩場がぽっかり開けた場所に出た。

その真ん中で、
何かが、ひと筋だけ強く光っていた。

初めにそれを見つけたのはムア。

近づき、足元のころんと落ちていた小さな石を拾い上げ、
ムアはすっと目を細めた。

ホップが真っ先に駆け寄る。

ホップ
ホップ

わっ、なんだそれ!

その表面はただの石ではなく、
夕陽を集めたように、青とも緑ともつかない光を放っていた。

ミミ
ミミ

きれい…

ミミも思わずつぶやく。

ホップは興奮して飛び跳ねる。

ホップ
ホップ

すげー!これ、絶対お宝だよ!
ムア、それいくらぐらいになると思う!?

ムアは石をつまみ上げ、
じっと眺めながら、いつものように考えはじめた。

ムア
ムア

ふむ。大きさは小さいが、密度は高そうだ。

表面の光沢からいって、ただのガラスじゃない……
硬度を試せば、価値の目安が出る。

ミミ
ミミ

ムアくん、石にまで“硬度”とか言うのね…

ミミが苦笑したが、

ムアは得意げに、くい、と口の端を上げる。

ムア
ムア

まあな。
宝石はみんなが欲しがるし、親父の商売を手伝ったこともある。

ホップ
ホップ

「ほんとうか?」

ホップが首をかしげながら、ムアの真似をしてみる。

ムアは胸を張って言った。

ムア
ムア

ほうとうだ。
これが本物の宝石なら、高く売れるさ。
そうなれば、俺たちは森のみんなから注目される。

ホップの瞳が、きらりと欲しそうに輝く。
ミミは少しだけ不安そうに、その光る石をのぞき込んだ。

胸の奥が、なぜだかざわざわする。

【2】「価値」をめぐる、森のざわめき

三人が石を手にしていると、
森のあちこちから、
ひょこりひょこりと動物たちが顔を出してきた。

最初に近づいてきたのは、小鳥の一羽だった。

小鳥:「ピィ?それ、どこで拾ったの?」

ホップが得意げに言う。

ホップ
ホップ

そこ!さっき光ってたんだ。すごいだろ?

小鳥は、石を見た瞬間、
羽をぶわっとふくらませた。

小鳥:「ピ、ピィィィ!それ、呪われた石だよ!
 昔、旅人が森で拾って、それから悪夢ばっかり見るようになったって、
 おばあちゃんが言ってたもん!」

ミミの耳が、ぴんと固まる。

ミミ
ミミ

こ、怖い…ほんとに呪いなんて、あるのかな…

ホップはあわててムアをみた。

ホップ
ホップ

え、マジで?ムア、そうなの?

しかしムアは、肩をすくめるだけだった。

ムア
ムア

迷信だよ。証拠は?

そこへ、今度は老いた鹿がゆっくり近づいてきた。

鹿:「おやおや、何を騒いでいるんだ?」

ミミが、おそるおそる話す。

ミミ
ミミ

これ、ひろって…きれいだけど、ちょっと怖くて…

鹿は、ふん、と鼻を鳴らした。

鹿:「ただの石ころじゃ。若いころ、似たようなものを山ほど拾ったが、
 どれも腹はふくらまんかったわい。」

ホップ
ホップ

ね、ねえ、やっぱりこれ、ただの石なのかな?

ホップがムアを見る。

ムアは、ぐっと石を握りしめた。

老鹿の「ただの石」という言葉が、
胸のどこかをちくりと刺した。

ムア
ムア

……ふん。
(兄さんなら、すぐに価値を見抜くだろうな…
父さんなら、商人仲間に見せて取引してしまうだろう…)

ムアは、思わず声を荒げた。

ムア
ムア

ただの石なんかじゃない!これはきっと“特別な宝石”だ!
見る目がないから、そう見えるだけさ!

小鳥がぴいぴい鳴き、鹿は苦笑いし、
ホップとミミは顔を見合わせる。

同じ石を見ているのに、
“価値”は、みんなバラバラだった。

【3】ふく翁、宝石を覗きこむ

そのときだった。

フクオウ
フクオウ

ほっほ…
ずいぶんにぎやかじゃのう。

枝の上から、
柔らかな声が降ってきた。

見上げると、
古びたランプをぶらさげたふく翁が、
丸いメガネの奥で目を細めていた。

ホップ
ホップ

ふく翁じいちゃん!

ホップがぱっと顔を輝かせる。

ムアは少しだけ、気まずそうに目をそらした。
自分が感情的になったことを、
見られていた気がしたからだ。

ふく翁は、ゆっくりと降りてくると、
ムアの手の中の石に目を落とした。

フクオウ
フクオウ

それはまた、よく光るのう。

ムアは、すかさず言った。

ムア
ムア

ふく翁じいさん、

この光る宝石を、
老鹿や小鳥たちは、“呪いだ”“ただの石だ”って言うんだよ。

そして、答えを求める様にふく翁に聞く。

ムア
ムア

これは価値のある宝石だよな?俺はそう思う。

ふく翁は、ほっほ、と喉で笑った。

フクオウ
フクオウ

では、ホップや、ミミや。

おぬしたちは、どう見える?

ホップは迷いなく答える。

ホップ
ホップ

すっごくきれい!
なんか、持ってるだけでワクワクするもん!

ミミは、両手を胸の前でぎゅっと合わせた。

ミミ
ミミ

きれいだけど… 高そうだし…
わたしには、ちょっとまぶしすぎるというか…
手にしたら、大事なものを失いそうで…
怖いです。

小鳥は震えながら、
「やっぱり呪いの石!」と繰り返し、
鹿は「腹はふくれん」と言い張る。

ふく翁は、それをひとつひとつ聞き終えてから、
静かにムアのほうを向いた。

フクオウ
フクオウ

ムアよ。
お主は、どう見える?

ムアは一瞬、言葉に詰まった。

ムア
ムア

……
(“兄さんより先に、価値あるものを見つけた”証拠…)
(“父さんに認められる”きっかけ…)

そんな思いが頭をよぎる。

ムア
ムア

……これは、俺の“チャンス”に見える。
みんなが一目置く、“証拠”だよ。

ふく翁は、ほっほ、と目を細めた。

そして、ランプの火を、
そっと石の近くへと近づけた。

石は、たしかに、
美しく光った。

しかしその光は、
ホップの瞳に映ると楽しげに、
ミミの瞳に映ると不安げに、
ムアの瞳に映ると、どこか鋭く揺れて見えた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
おもしろいのう。

ふく翁が、ゆっくりと言葉を落とす。

フクオウ
フクオウ

変わらぬのは、この宝石じゃ。
変わっておるのは、それを映す“心の角度”のほうじゃよ。

ムアが眉をひそめる。

ムア
ムア

心の…角度?

フクオウ
フクオウ

同じ光でも、
曇った鏡に映せば、くすんで見える。
割れた鏡に映せば、ゆがんで見える。
磨いた鏡に映せば、美しく見える。

ふく翁は、石から目を離さずに続けた。

フクオウ
フクオウ

欲に曇った目には、“金の山”に見える。
恐れに満ちた目には、“呪い”に見える。
無欲な目には、“ただの石ころ”に見える。
そして、
誰かに認められたいと焦る目には、“証明書”のように見える。

ムアの心臓が、どくん、と鳴った。

ふく翁は、柔らかく言葉を結んだ。

フクオウ
フクオウ

宝石が“価値”を持っておるのではないよ。
“価値を託したい心”が、宝石を借りて、きれいに光って見えるだけじゃ。

【4】ムアと、宝石の行き先

しばらく、
誰も口をきかなかった。

森を渡る風と、
どこか遠くの鳥の声だけが聞こえていた。

やがてムアは、
ゆっくりと石を見つめ直した。

さっきまで胸の奥で燃えていた、
じりじりとした焦りが、
少しずつ、形を変えていくのを感じる。

ムア
ムア

……じゃあ、これは、なんなんだよ?

ムアがぽつりと聞いた。

ムア
ムア

呪いでも宝でもなくて、ただ心を映すだけなら、
俺は、どうしたらいい?

ふく翁は、にこりと笑った。

フクオウ
フクオウ

それは、お主が決めるのじゃよ。
“心をゆがめる鏡”として持つか、
“心を磨くきっかけ”として
そっと森へ返すか。

ホップが慌てて叫ぶ。

ホップ
ホップ

えっ!?返しちゃうの!?
 せっかく見つけたお宝なのに!

ミミは、胸に手を当てて、小さく言った。

ミミ
ミミ

でも…
ムアくんの顔、さっきからずっと苦しそうだから…

ムアは、ふっと笑った。
自分でも気づかないうちに、
そんな顔をしていたのだろう。

ムア
ムア

……俺が、この石を持って帰ったらさ。

ムアは、静かに言葉を選びながら続けた。

ムア
ムア

たぶん、ずっと計算して考え続けると思う。

いくらで売れるだろう。もっと高く買う誰かはいないだろうか。
兄さんや父さんに見せるべきか…って。

ふく翁がうなずいた。

フクオウ
フクオウ

そして、
その計算のあいだじゅう、
お主の心はこの小さな石に縛られるじゃろうの。

ムアは、手をひらりと返した。

宝石は、ころん、と地面に落ち、
柔らかな青い光を放ちながら、
岩場の端っこまで転がっていった。

ムアは立ち上がると、
その石を拾い直し、
岩と岩の隙間に、そっと押し込んだ。

ムア
ムア

ここなら、きっと、
誰の目には、もう入らない。

ホップが、名残惜しそうに言う。

ホップ
ホップ

ほんとにいいの?ムア…

ムアは、いつになく穏やかな顔で笑った。

ムア
ムア

俺には必要ない。

もう十分楽しい仲間が――

途中まで言いかけたが恥ずかしそうに言葉を止めた。

ムアは空を見上げた。

ムア
ムア

本当に価値のあるものなら、
いつかまた違う形で、目の前に現れる気がする。

ふく翁は、ほっほ、と満足そうに笑った。

フクオウ
フクオウ

よい人生じゃのう、ムアよ。
宝石に心を預けるのではなく、心で宝石を超えようとした。

夕焼けの光が、
今度は三人と、老いたふく翁の姿を、
静かに照らしていた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
宝石は、じつに正直なものじゃよ。

誰の心にも、
そのままを映してしまうからのう。

「足りない」と思う者は、
いつまでも足りない光を見つめ続ける。

「奪われる」と怯える者は、
いつか失う予感ばかりを抱きしめてしまう。

「いま、もう充分だ」と
そっと頷ける者の前では、
宝石はただ、きれいな石に戻る。

大切なのは、
どんな宝を手に入れるかではなく――

宝を前にしたとき、
自分の心がどんな顔をしておるのか、
それに気づくことなのじゃよ。

ふく翁−フクオウ−
ふく翁−フクオウ−
〜百歳以上の森の賢者〜
Profile
長年さまざまな動物たちの“人生の話”を聞き、本として残してきた語り部。 物語や人生には語り継ぐべき教訓があると信じている。 信念を同じくする “伝記作家” と出会い、 いまは一緒に「世界中の誰もが自分の歴史を残せるようにする」という取り組みを進めている。
プロフィールを読む
ふく翁から「あなたの人生への7つの問い」をプレゼント!

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※以下はペルシャ寓話・口承民話の『旅人と宝石』の、著者による意訳(現代語訳)です。
原典のストーリー構造を保持したうえで、読みやすく再構成しています。

『旅人と宝石』

むかし、ペルシャの荒野を歩く旅人がいた。

ある夕方、道ばたに、小さく光る石が落ちているのを見つけた。
旅人が拾い上げると、それは宝石のように美しく輝き、
手の中で青い光を返した。

旅人は言った。
「これは高く売れるに違いない。
 これでしばらくは困らずに生きていけるだろう。」

そのまま旅を続け、最初の町に着くと、
旅人は宝石を町の商人に見せた。

商人は眉をひそめて言った。
「こんなものは価値がない。
 ただ光っているだけの石ころだ。」

旅人はがっかりし、宝石を袋に戻した。

次の町へ向かい、別の商人に見せると、
商人は怯えたように声を上げた。

「それは不吉な石だ!
 災いを呼ぶと昔から言われている!
 今すぐ捨てるべきだ!」

旅人は驚き、急いで宝石を袋の奥にしまった。

さらに進んだ三つ目の町で、
別の商人に宝石を見せると、
商人は目を輝かせて言った。

「なんて美しい宝だ!
 大金を払ってでも欲しい!」

旅人は混乱した。

(同じ宝石なのに、どうして人によって価値が違うのだ?
 宝なのか、災いなのか、ただの石なのか…)

旅人が道端に座りこんで考えていると、
一人の老人がそばに腰を下ろし、静かに言った。

「その石は変わらぬ。
 変わっているのは、おまえさんの心と、見る者の心じゃ。」

老人は続けた。

「欲のある者には宝に見える。
 恐れのある者には呪いに見える。
 何も求めぬ者には石ころにしか見えぬ。

 石は石のまま。
 価値は“心”が決めているのだよ。」

旅人は宝石を見つめた。
すると、その輝きは先ほどよりも穏やかで、
どこか優しい光に思えた。

旅人は深くうなずき、宝石をそっと袋にしまった。

“価値を決めるのは物ではなく、
 それを見る自分の心なのだ”――
旅人はそう悟り、再び歩きはじめた。

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