第35話:『アリと村人』 〜ふく翁と、備えた知恵の沈黙〜

jinsei-shippitsu

【前置き:『アリと村人』とは?】

この物語は、
東南アジアのジャワ地方に広く見られる寓話の型をもとにしています。

正しさは、
必ずしも感謝されるとは限らない――
そんな苦い教訓を含んだ話です。

『アリと村人』――
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【1】書き続けるふく翁

森の奥の記憶書庫で、
ふく翁は毎晩、羽根ペンを走らせていた。

争いの記録。
水不足の兆し。
分け方を誤った村の末路。

フクオウ
フクオウ

今はまだ、必要ないじゃろうがの。

ふく翁は、
それらを一冊の本にまとめ、
書庫の奥にしまった。

誰にも見せず、
誰にも自慢せず。

【2】村の混乱

ある日、
森の外れにある村が乱れ始めた。

水場をめぐる争い。
獲物の取り合い。
疑いと不満。

村人たちは集まり、
言い争った。

「どうすればいい?」
「誰か、道を知っていないのか」

そこで、
ふく翁の名が出た。

「ふく翁様なら知恵を知っているんじゃないか?」

【3】差し出された一冊

ふく翁は、村の危機に
書庫から一冊の本を持ってきた。

古く、
厚く、
何度も書き直された跡のある本だった。

フクオウ
フクオウ

これは、わしが困った時や森全体が困ったときのために、
少しづつ書いておいたものじゃ。

ふく翁は本を差し出した。

フクオウ
フクオウ

これが大事な本じゃ。
みんなで大事に使ってくれ。

村人たちは、
その本を開き、
ふく翁が長い時間をかけて書いた知恵をもらった。

役割を分け、
水場を守り、
争いは収まった。

村は、救われた。

【4】変わる視線

数日後。
村が落ち着いたころ、
誰かが言った。

「……でもさ」
「こんな本、
 最初から持ってたんだよな?」

「だったら、
 もっと早く出せたんじゃないか?」

「困るの、
 分かってたってことだろ?」

「黙って見てたのか?」

感謝の言葉は、
もうなかった。

【5】沈黙するふく翁

ふく翁は、
何も言わなかった。

本を取り返すことも、
説明することも、
弁解することもしなかった。

ただ、
静かにうなずき、
書庫へ戻った。

本は、
村に残された。

【6】備えた者の沈黙

その夜、
ふく翁はランプを磨きながら、
小さくつぶやいた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ……
備えを施せば、喜ばれるとは限らぬのう。

ふく翁は、
それ以上語らなかった。

ふく翁−フクオウ−
ふく翁−フクオウ−
〜百歳以上の森の賢者〜
Profile
長年さまざまな動物たちの“人生の話”を聞き、本として残してきた語り部。 物語や人生には語り継ぐべき教訓があると信じている。 信念を同じくする “伝記作家” と出会い、 いまは一緒に「世界中の誰もが自分の歴史を残せるようにする」という取り組みを進めている。
プロフィールを読む
ふく翁から「人生へ7つの問い」プレゼント!

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
おぬしの人生も聞かせくれんかのう?


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※以下は、東南アジアに伝わる寓話、
「アリと村人」を、著者による意訳(現代語訳)として紹介するものです。
原典のストーリーを保持したうえで、読みやすく再構成しています。

『アリと村人』

むかし、
川のそばに小さな村があった。

村人たちは、
雨の多い年には祭りを開き、
実りの多い年には酒を飲み、
「明日のことは、明日考えればよい」
と言って暮らしていた。

その村のはずれに、
小さなアリの巣があった。

アリたちは、
雨の日も、風の日も、
黙々と穀物を運び、
土の奥に蓄えていた。

村人たちはそれを見て笑った。

「なんて忙しないアリだ」
「今日が楽しければ、それでいいのに」
「分かち合いを知らないのだろう」

アリたちは何も言わなかった。

ある年、
長い干ばつが村を襲った。

川は干上がり、
畑は割れ、
村の倉はすぐに空になった。

困り果てた村人たちは、
アリの巣のことを思い出した。

「きっと、アリたちは何か蓄えているはずだ」

村人たちが頼むと、
アリたちは巣の奥から穀物を運び出し、
静かに分け与えた。

拒むことも、
条件を出すこともなかった。

村は助かり、村人は感謝した。

しかし、
日が経つにつれて、
村人たちの言葉は変わっていった。

「あいつらは、最初から知っていたのだ」
「だから独り占めしていた」
「もっと早く出すべきだった」
「公平ではない」

感謝の言葉は、
もうなかった。

やがてアリたちは、
巣をたたみ、
村を去った。

誰にも別れを告げず、
何も持たずに。

村人たちは、
それを見送ることもなかった。

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