グリム童話

第7話:三つの声と、「ブレーメンの音楽隊」 〜ふく翁の記憶書庫(寓話)〜

jinsei-shippitsu

【1】森の音あわせごっこ

昼下がりの森。
小川のほとりで、ホップ・ミミ・ムアがなにやら準備をしていた。

ホップは木の実を両手に持ち、
ミミは小枝を、
ムアは空っぽの木の実の殻を足元に置いている。

ホップ
ホップ

よーし、せーので鳴らすんだよ!
「森の音楽隊」のデビューだ!

ミミは不安そうに耳をふるわせた。

ミミ
ミミ

大丈夫かな……
わたし、リズムとか苦手で……

ムアは首をかしげた。

ムア
ムア

ホップ……
そもそも、何のための“音楽隊”なんだ……?

ホップは胸を張る。

ホップ
ホップ

楽しいからやるんだよ!
三人でやったら、絶対すごいって!

ホップの合図で、三人は同時に音を鳴らした。

カンッ!
シャリッ!
ポコッ!

……音は見事にばらばら。
リズムもバラバラ、気持ちもバラバラ。

なんどやっても音が合わないことにみんな苛立ちはじめた。

ホップ
ホップ

うわっ、ひどい音!
ムアちゃんと合わせてよ!!

ムアも反論する。

ムア
ムア

いや、ホップ。
お前が早すぎなんだよ!ちゃんと全体を見てそっちが合わせろよな!

ミミはおずおずとつぶやいた。

ミミ
ミミ

同時にやってるのに……
なんで“ひとつの音”にならないんだろう……

そのとき、小川の向こうから聞き慣れた声がした。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
「森の音楽隊」とはいいのぉ。

ふく翁が、木陰からひょっこり姿を現した。
三人はあわてて駆け寄る。

ホップ
ホップ

ふく翁じいちゃん!
ムアが全然合わせないんだ!!

ムア
ムア

おい!合わせないのはホップだろうが!

ふく翁は静かにうなずいた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
仲が良いのぅ。

よい機会じゃ。
“声がそろう”ということについてのう、
ドイツという国で語られた、古い物語を聞かせてしんぜよう。

【2】記憶書庫と、ドイツのグリム童話

三人はふく翁と一緒に、森の奥の記憶書庫へ向かった。
棚には、いつものようにびっしりと本が並んでいる。

ふく翁は一冊の古びた本を取り出した。
表紙には、細い文字でこう書かれている。

「ドイツの町の物語 ブレーメンの音楽隊」

ミミが小さく読み上げる。

ミミ
ミミ

ぶ、ブレーメン……?
お、おんがくたい……?

フクオウ
フクオウ

ドイツという国にある町の名じゃ。
そこへ向かった、四匹の動物の話よ。
ほっほ、さあ“茶”でも飲みながら聞いておおくれ。

三匹は湯気の立つ記憶茶をすすり、
ふく翁がページを開くのを見つめた。

【3】ブレーメンの音楽隊 〜年老いたロバと、仲間たち〜【グリム童話】

むかしむかし、ある村に、一頭の年老いたロバがいました。
若いころは荷物を運び、主人の役に立っていましたが、
歳をとり、足も弱り、力も出なくなってきました。

ロバは、主人が仲間とこんな話をしているのを耳にした。

「もうあのロバは役に立たない。
売るか、処分してしまうしかないな」

ロバは胸がひどく痛くなった。
けれど、しょんぼりしているだけではなにも変わらない。

「そうだ。
わたしは長年、大きな声で鳴くのは得意だ。
ブレーメンの町へ行って、音楽隊として暮らそう。」

ロバはそう決めて、
長年過ごした家をあとにした。

道を歩いていると、
息を切らして横たわる一匹の犬に出会った。
元は猟犬だったが、やはり年をとり、走れなくなってしまったのだ。

ロバ:「そんなところで寝ていて、どうしたんだい?」
犬:「もう走れないからって、主人に追い出されちまったんだ。
先のことなんて、もうわからないよ。」

ロバは言った。

「それならいっしょにブレーメンへ行こう。
君の吠える声だって、きっと音楽隊の役に立つさ。」

犬の目に、少しだけ光が戻った。

さらに進むと、
家の塀の上で、悲しそうに座っている猫に出会った。
ネズミを捕まえられなくなったことで、
やはり家から追い出されかけていたのだ。

ロバ:「それなら、わたしたちと一緒に来ないか?
君の鳴き声も、立派な音になる。」

猫は少し考えて、ロバと犬のあとに続いた。

そして最後に、
屋根の上で今にも絞(し)められそうなほど大声で鳴いている、おんどりに出会った。
翌朝、料理にされてしまうと知って、今のうちに精一杯鳴いていたのだ。

ロバは言った。

「おんどりよ、そんなところにいたら危ない。
わたしたちとブレーメンへ行こう。
君の声は、みんなを起こす立派な音楽だ。」

おんどりは翼を広げて喜び、
ロバ、犬、猫、おんどりの四匹で、
「ブレーメンの音楽隊」を目指して歩き出した。

【4】四匹の音楽隊と、森の家

四匹が森の中にさしかかったころには、
日はすっかり暮れていた。

あたりは暗く、泊まる場所がない。
そのとき、遠くに小さな明かりがともっているのが見えた。

近づいてみると、それは森の中の一軒家。
中をのぞくと、盗賊たちがごちそうを並べ、
酒を飲みながら大騒ぎをしている。

ロバ:「あの家を追い出せたら、わたしたちが代わりに住めるんじゃないか?」
犬:「でも、どうやって……?」
猫:「近づいたら、きっとやられちゃう。」
おんどり:「ぼくの声だけじゃ、とても勝てないよ。」

ここで物語を読んでいたふく翁は、一度ページから目を上げた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
さて、ここでお主らに、ひとつ考えてもらおうかのう。

ホップが身を乗り出す。

ホップ
ホップ

え、なになに!?
四匹でいっせいに突撃するとか!?

ミミ
ミミ

そんなことしたら、
逆にやられちゃいそうだよ……
うーん……

ムア
ムア

四匹とも“声”を持っている。
ロバは鳴き声が大きい。
犬は吠える。
猫は叫ぶ。
おんどりは高く鳴く。
……たぶん、その声を組み合わせるんだろう。

ふく翁は、目を細めて笑った。

フクオウ
フクオウ

ふく翁は、目を細めて笑った。

ふく翁は再びページに視線を落とした。

ロバたちは、しばらく相談した末に、こうすることにした。

ロバは窓のそばに立ち、
その背に犬が乗り、
犬の背に猫が乗り、
そのいちばん上に、おんどりがとまった。

そして合図とともに、
四匹はいっせいに声を上げた。

ロバはいななき、
犬は吠え、
猫は叫び、
おんどりは高く高く鳴いた。

そのうえで、窓ガラスを蹴り破って家の中へ飛び込んだものだから、
盗賊たちには、それが何か恐ろしい化け物の咆哮のように聞こえた。

盗賊たちは悲鳴をあげて外へ逃げ出し、
森の奥へと一目散に走っていった。

四匹は、残されたごちそうをわけあって食べ、
お腹をいっぱいにし、
その夜は家の中で眠ることにした。

夜が更けたころ。
盗賊たちは、家を捨てたのが惜しくなり、
一人の手下を偵察に戻した。

家の中は真っ暗だ。
その男は、まず台所へ行き、
火をつけようとして、暗闇の中で猫の光る目を
炭火だと思って近づいた。

すると猫は、顔じゅうひっかいた。
驚いて男が飛び退くと、
犬が足にかみつき、
ロバが後ろ足で思い切り蹴り飛ばし、
おんどりは屋根に飛び上がって、高らかに鳴いた。

男:「うわあああっ!!」

男は命からがら盗賊たちのところへ逃げ帰り、
震えながら言った。

「あの家には、恐ろしい魔女がいて、
顔じゅうひっかかれた!
そして、男にナイフで刺され、
黒い怪物にこん棒でなぐられ、
屋根の上から裁判官みたいなのが
“こいつを捕まえろ!”って怒鳴ったんだ!」

盗賊たちはすっかり怖くなり、
二度とその家に近づかなかった。

こうして四匹は、その家を自分たちの居場所にすることに決めた。
家はあたたかく、食べ物もあり、
みなで声を合わせれば、もう怖いものはあまりない。

フクオウ
フクオウ

そして四匹は、
けっきょくブレーメンの町までは行かなかったが、
それでも満足して、その家で幸せに暮らしましたとさ。

【5】記憶書庫での声

ふく翁が本を閉じると、
記憶書庫にはしばし静けさが流れた。

先に口を開いたのは、やっぱりホップ。

ホップ
ホップ

ロバたち、かっこいいじゃん!
全員“もう役に立たない”って言われたのに、
ちゃんと自分の声で戦ったんだ!

ミミは胸に手を当てる。

ミミ
ミミ

“年をとったから、もういらない”って……
なんだか、すごくさびしいね。
でも……
最後にはみんなで一緒に暮らせて、よかった……

ムアは少しだけ目を細めた。

ムア
ムア

面白いのはさ、
ロバたちは結局、ブレーメンまで行ってないんだよな。
“音楽隊になる”って目標は形の上では叶ってないのに、
ちゃんと新しい生き方を手に入れてる。
……なんか、“目的地”より“歩き方”の話みたいだ。

ホップが首をかしげた。

ホップ
ホップ

でもさ、ロバの声ってそんなにすごいのかな?
ぼくのほうが大きい声だせるよ?

ミミがくすっと笑う。

ミミ
ミミ

ホップくん、
一人でがんばるんじゃなくて、
みんなで音を合わせるってことじゃないかな……?

【6】三つの声を合わせるということ

ふく翁は、湯気の立つ記憶茶を一口すすり、
ゆっくりと口を開いた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
声というのはのう、ひとり分だけでは、
届く場所が限られておる。

三人は、ふく翁の言葉を静かに聞いている。

フクオウ
フクオウ

ロバの声、犬の声、猫の声、おんどりの声。
どれもばらばらじゃが、
重なれば“音楽隊”になった。
それは、森の小川でお主らが鳴らしていた音と同じじゃよ。

ホップは、さっきの音あわせごっこを思い出して、少しだけ頬をかいた。

フクオウ
フクオウ

それからのう……
“年をとったから終わり”という生き方ばかりでは、
生(せい)はあまりにももったいない。
働き方が変わっても、役割が変わっても、
声は、形を変えて響かせることができるのじゃ。

ミミの目に、うるっと涙が浮かんだ。

フクオウ
フクオウ

ホップや、ミミや、ムアが感じたことは、どれも間違っておらん。
ただひとつ言えるのは——

ふく翁は、三人を順番に見つめた。

フクオウ
フクオウ

“お主ら三人も、すでにひとつの音楽隊”ということじゃな。
ほっほ、よい仲間を持ったのう。

三人は顔を見合わせて、照れくさそうに笑った。

森の外では、まだ見ぬ誰かの物語が、
どこかで静かに歌われるのを待っているのだった。

ふく翁−フクオウ−
ふく翁−フクオウ−
〜百歳以上の森の賢者〜
Profile
長年さまざまな動物たちの“人生の話”を聞き、本として残してきた語り部。 物語や人生には語り継ぐべき教訓があると信じている。 信念を同じくする “伝記作家” と出会い、 いまは一緒に「世界中の誰もが自分の歴史を残せるようにする」という取り組みを進めている。
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