第36話:『アリとキリギリス』 〜森の仲間たちと、豊作の年の米俵の使い方〜
【前置き:『アリとキリギリス』とは?】
この物語は、古代ギリシャの寓話集
イソップ寓話
に収められた、よく知られた寓話です。
夏のあいだ働き続けるアリと、
歌って過ごすキリギリス。
冬が訪れたとき、
その違いは、はっきりと現れます。
冬が訪れて、
アリとキリギリスは――。
【1】豊作の年
その年、
森はめずらしいほど実りに恵まれていた。
稲は重く垂れ、
脱穀された米は、白く輝いていた。
そしてそれぞれの動物達に等しく実った米は配られた。
今年の冬は余裕を持って越せそうだ。
【2】ホップの選択
ホップは、最初の米俵を抱えたとき、
胸が高鳴った。

すごい量だね!
今年は楽しい冬になりそう!
だが、
お米を倉庫に運ぶ前に、
ホップは火を起こし始めた。
米を炊き、
腹いっぱいに食べ、
友達も呼んだ。

ほら! みんな食べなよ!
新しいお米ははうまいんだ!ぼくが奢るよ!
今年は豊作だったので友達たちもお米はたくさん持っていたが、
ホップは、“ご馳走する自分”は
みんなから尊敬されると思った。
【3】ミミの我慢
一方、ミミは同じ量の米俵を前にして、
まったく違う顔をしていた。
ミミは、大量の米俵には手をつけずに
ひたすら積み上げる。
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冬は長いもの……
今の食べたら、冬を越せないかもしれない……
友達に誘われた
持ち込みの食事会やパーティーも断っていた。
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ごめんね……
減らしちゃいけないから
パーティーにはいけないの……
夜な夜な、ひとりで鳴るお腹を押さえながら、
ミミは目を閉じた。
【4】ムアの違和感
ムアは、
二人の姿を静かに見ていた。
ホップの宴。
ミミの貯蔵。
どちらも、極端だ。
ムアは幼い頃から商人の父親に連れられ世界の様々な人を見ている。
物事は極端ではなく中庸的になることが多いとムアは考えていたのだ。
まず、ムアはホップに声をかけた。

ホップ、冬は必ず来る。
一粒も米が残ってなければ、凍えて死ぬぞ。
その言葉に、ホップは初めて、
いつか来るであろう冬を想像した。

……
その夜、ホップは小さな袋に
少しだけ米を貯蔵した。
【5】もう一つの忠告
次にムアは、
ミミの貯蔵庫にいった。
いつ使われるか分からない高く積まれた米俵。

ミミ、冬に備えて蓄えるのは確かに正しい。
続けて、

でも、
今しかできない“経験”もある。
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……
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友達と一緒に笑った記憶、
失敗して得た経験、
困った時に残る知恵、
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これらは全部、経験の「配当」として後で役に立つかも知れないんだ。何より今の時間はもう戻ってこない。
ミミは、
少しだけ考え、少しだけうなずいた。
その週末、ミミは家族と出かけ、みんなとの食事で
少しだけ蓄えていた米を使った。
【6】レオの暴走
その頃、
森の広場ではレオが騒いでいた。
大量の米。
惜しげもなく振る舞われる食事。
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豊作じゃなくても俺には大量にあるぞ!
それは、
グラン家の倉庫の米だった。
レオは勝手に家の倉庫の米を持ち出して、
自分の物かのようにみんなに振る舞っていたのだ。
ムアは、言葉を選びながら言った。

レオ……
それは本当に君のものなのか……?
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俺が俺の家のものをどう使おうが俺の勝手だろ……!
レオは聞かなかった。
【7】ふく翁の語り
夜。
森が静まったころ。
ふく翁はランプを灯し、皆を集めた。

ほっほ。
今年は久しぶりの豊作で皆浮き足だっているのう。
ふく翁は続ける。
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しかし、時間や貯蔵の使い方を間違えることはよくあるのじゃ。
「むかしむかし……」
ふく翁は語り始める。
※以下は、古代ギリシャの寓話集イソップ寓話の
「アリとキリギリス」を、著者による意訳(現代語訳)として紹介するものです。
原典のストーリー構造を保持したうえで、読みやすく再構成しています。
『アリとキリギリス』
むかし、
夏のあいだじゅう、
キリギリスは歌って暮らしていた。
木陰で歌い、
陽の下で踊り、
その日を楽しむことに忙しかった。
そのそばで、
アリは毎日、
黙々と食べ物を運んでいた。
穀物を集め、
巣に運び、
汗をかきながら働いていた。
それを見て、
キリギリスは笑った。
「どうしてそんなに急ぐんだい?
まだ夏じゃないか」
アリは答えた。
「冬が来るからだ」
やがて、
季節は変わった。
冷たい風が吹き、
雪が降り、
歌は腹を満たさなくなった。
食べ物のないキリギリスは、
アリの巣を訪ねた。
「少しでいい。
食べ物を分けてくれないか」
アリは言った。
「夏のあいだ、
何をしていた?」
「歌っていたよ」
「なら、
冬は踊るがいい」
そう言って、
アリは巣の扉を閉めた。
【9】小さい沈黙
物語が終わって誰も口を開けられないでいた。
どこかで聞いたことがあるお話しだったが、結末を鮮明に覚えている人は少なかった。
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この話はの、冷たい話のように聞こえるが、
備えなかった者は、
誰かの蓄えにすがることになる。
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そしてそれは、
断られても文句は言えぬ、
という教えじゃ。
【9】ふく翁の追言
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じゃがのう……
人生は、そこまで極端でなくてもよいのじゃ。

蓄える時と、歌う時――
どちらも、生きるためには必要なのじゃ。
「ただし、ひとつだけ気をつけねばならぬことがある」
そう言ってふく翁は、ちらりとレオのほうを見た。
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人の蓄えを使うというのは、実はとても難しいことなんじゃ。
自分で集めたものなら、量も重さも分かる。
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じゃが、努力や痛みを知らぬまま手にしたものは、使い方を誤らせる。
それが工夫や創造を無くし、
人を怠惰にさせ、
時に壊すこともあるのじゃ。
レオは目を伏せたが、自分に言っていることは分かっていた。
【10】それぞれの気づき
ホップは、
キリギリスの姿に自分を重ねていた。
「……毎日楽しいことだけがいいけど、
ずっと楽しいだけじゃ、生きられないんだね」
ミミは、
積み上げた米を見つめた。
「……たくさん蓄えるのは安心するけど、
今の楽しさや経験は得られたいのね」
レオは、
考えていた。
「……俺は親の蓄えをたくさん使えるけど、
努力や痛みを知らない豊かさは、俺を壊すかもしれない」
ムアは、
感じていた。
「……今回の余った貯蔵の使い方には、それぞれの感情が入っていた。
人の心は数字や合理性だけで動いてるわけじゃないんだ」
ふく翁の教訓

ほっほ。
みなそれぞれの気づきがあったようじゃのう。

なに、皆はまだ若い。
たくさん迷い、
たくさん失敗し、
そのぶん、学べばよい。
ふく翁は、
ゆっくりと米俵を見回し、
静かに続けた。

蓄えることも、使うことも、
どちらも悪くはない。
配分を学ぶことじゃ。
そして最後に、

まあ……
「今日が一番若い日」という意味では、わしもまだまだ若いがのう!
ほっほっほ。
笑い声が広がり、ランプの灯りが優しく揺れていた。


ほっほ。
おぬしの人生も聞かせくれんかのう?
