アメリカ大陸の寓話

第12話:ミミと、言葉で編む逃げ道 〜『タールベイビー(ベタベタ人形)』〜

jinsei-shippitsu

【前置き:ベタベタ人形(タールベイビー)とは?】
ここの物語は、アフリカ系アメリカ民話の「うさぎどん・キツネどん」
(Br’er Rabbit / Br’er Fox)に登場する
『タールベイビー(ベタベタ人形)』というお話を参考にしております。

アメリカ南部には、「アフリカ系アメリカ民話」と呼ばれる、
アフリカから連れてこられた人々のあいだで生まれ、語り継がれてきた物語の伝統
があります。

そのなかでも有名なのが、“うさぎどん”と“キツネどん”の知恵比べ。

ここで出てくる 「〜どん」 という呼び方は、
古い時代の南部英語のなまりである Br’er(Brother)=仲間・兄弟分
を日本語の昔話風に訳したものです。
親しみと敬称をこめた呼び名として使われています。

力の弱いうさぎどんが、言葉と工夫で強者を出し抜く──
そんな“逆転の知恵”を語るシリーズでもあります。

『ベタベタ人形(タールベイビー)』(ページ中部へ)

【1】森の朝、ミミの小さな困りごと

朝の森。
ミミは、落ち葉の上にちょこんと座り、耳をしゅんと下げていた。

ミミ
ミミ

だ、だいじょうぶかな…
昨日、あの子に“話が遅い”って言われちゃって…

ホップが前で手を振る。

ホップ
ホップ

ミミ〜!今日も橋の直しに行こう!
あれ?なんか元気ないよ?

ムアが横から少し低い声で言った。

ムア
ムア

ミミ、人と会話が合わないってのは誰だってある。
ふく翁じいさんに相談してみればいい。

ミミは小さくうなずいた。

【2】ふく翁の記憶書庫へ

書庫の扉をノックすると、ふく翁はランプを磨いていた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ、ミミや。今日は耳がしゅんとしておるの。
どうしたのじゃ?

ミミは事情を話した。

ミミ
ミミ

学校の人に“話が遅い”って言われちゃって…
わ、わたし…
言葉の使い方が下手なのかなって…

ふく翁はほっほ、と優しく笑った。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。言葉は人によって受け取り方が変わるからのぉ。
ミミの“丁寧な言葉選び”はわしは好きじゃぞ。

続けて、

フクオウ
フクオウ

ちょうどよい物語がある。
“うさぎどん”と“キツネどん”の知恵比べをするお話じゃ。

ミミは少し安心し、3人は木の机の前に座りふく翁は古い本を開いた。

【3】タールベイビー 〜アフリカ系アメリカ民話〜

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『タールベイビー(ベタベタ人形)』

ある日、キツネどんは、うさぎどんをどうしても捕まえたくて、
タールと松脂(まつやに)をこねて、人間そっくりの“タールベイビー(ベタベタ人形)” を作りました。

そして、それを道の真ん中に座らせ、
自分は茂みに隠れて様子を見ることにしました。

しばらくすると、うさぎどんがぴょんぴょんと跳ねてやってきました。

「やあ、こんにちは!」
うさぎどんはタールベイビーに声をかけました。
しかし、人形は返事をしません。

「聞こえなかったのかい?
 こんちはって言ってるんだよ!」

それでも返事がない。

うさぎどんは少し腹を立てて言いました。
「おい、お前! 礼儀ってもんがないのか?!
 こんちはと言われたら、こんちはくらい返すもんだろ!」

人形は黙ったまま。

「返事しろって言ってるだろ!」
うさぎどんは腕を振り上げ、
思わず ぽかん! とタールベイビーを殴りました。

すると──
手がタール(ベタベタ)にくっついて離れなくなってしまったのです!

「なんだよこれ!
 手を離せ!離せってば!」

もがいているうちに、さらに腹が立ち、
うさぎどんはもう片方の手でも殴りました。
今度はその手もベッタリくっついてしまいました。

「うわああ、離れない!誰か助けてくれ!」

怒りにまかせて蹴り上げると、
両足もタールにくっつきました。

最後には頭突きをくらわせ、
頭までタールにべったり。

うさぎどんは完全に身動きが取れなくなってしまいました。

そこへキツネどんが茂みから出てきました。

「ほうほう、やっと捕まえたぞ、うさぎどん。
 さんざん俺をからかってくれたな。
 さて、どう料理してやろうか?」

うさぎどんは震えながら言いました。

「お願いだよキツネどん。
 なんでもいいけど、ブライヤー・パッチ(茨の茂み)にだけは投げないでおくれ!」

キツネどんはにやりと笑いました。
「ほう、それほどイヤなのか?
 じゃあ、逆にそこへ投げ込んでやろう!」

キツネどんは、タールにまみれたうさぎどんをつかみ、
思いきり「茨の茂み」に投げ込みました。

──その瞬間。

茂みの中がガサガサッと揺れ、
うさぎどんの声が聞こえました。

「ありがとよキツネどん!
 ぼくはここで生まれ育ったんだ!
 茨の中なんてへっちゃらさ!
 またね〜!!」

うさぎどんはタールを剥がし、
茨の奥へスルスルと逃げていき、
姿を消してしまいました。

残されたキツネどんは、
ただただ呆然と立ち尽くすのでした。

──おしまい。

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【4】──ミミの学び

ふく翁が本を閉じると、
ミミの耳が少しだけぴんと立っていた。

ミミ
ミミ

うさぎどんは…
“言葉を選んで逃げ道をつくった”んですね…?

ふく翁は深くうなずく。

フクオウ
フクオウ

そうじゃ。
うさぎどんは力では勝てぬゆえ、自分の頭で考え自分の言葉で道を作ったのじゃ。

ムアが言った。

ムア
ムア

…状況を把握して知恵を出せってことか。

ホップは感心したように跳ねた。

ホップ
ホップ

ミミって、相手の言葉とか状況に合わせるのうまいじゃん!
それってもう才能ってことだよ!

ミミは胸の前で小さく手を握った。

ミミ
ミミ

す、少し…
自分の言葉に自信を持てました…!

ふく翁は静かに目を細めた。

フクオウ
フクオウ

ほっほ。
ことばは風じゃが、道にもなるんじゃ。
学ぶことはよい道しるべになる。

ふく翁−フクオウ−
ふく翁−フクオウ−
〜百歳以上の森の賢者〜
Profile
長年さまざまな動物たちの“人生の話”を聞き、本として残してきた語り部。 物語や人生には語り継ぐべき教訓があると信じている。 信念を同じくする “伝記作家” と出会い、 いまは一緒に「世界中の誰もが自分の歴史を残せるようにする」という取り組みを進めている。
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『ベタベタ人形(タールベイビー)』(ページ中部へ)  

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