第38話:ホップと、軽くなっていくもの 〜しあわせハンス〜
【前置き:『しあわせハンス』とは?】
この物語は、ヨーロッパのグリム童話、
『しあわせハンス』(Hans im Glück)
を参考にしています。
七年働いて得た金の塊を、
道中で次々と手放していく青年。
手元に残るものは減り、
荷は軽くなり、
そして彼は――
1.市場の朝
市場は、朝からざわついていた。
果物の香り。
呼び込みの声。
硬貨がぶつかる音。
ホップは、ムアの隣で走り回っていた。
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ホップ、今日は手伝ってくれてありがとうよ。
親父から頼まれた仕事が終わらなくてさ。

時間あったし、いいよー!
二人はムアの父から頼まれた仕事を一生懸命やっていた。
「次、これ運んで!」
「値段、もう一声いける!」
「ホップ、そっちの箱頼む!」
汗をかきながら、
ホップは何度も往復した。
忙しくて、予定していた時間よりも遅くに終わった。

よっしゃ!
今日めちゃくちゃ働いたぞ!
日が傾くころ、
ムアはお店の帳簿を閉じて言った。
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今日はここまでだ。
ほんと助かった。これ今日の分のお代だ。
手渡された報酬のお金は、
長い時間働いた分、
いつもより少し多かった。
ホップは、にやっと笑った。

ありがとうー!
2.ホップ帰り道
市場を出ると、
一気に疲れが押し寄せてきた。
喉が渇いて、
ホップは屋台で冷たいジュースを買った。
少し迷ったが、いつもは買わない少し高いジュースを買った。

はあ〜……生き返る……
道も混んでいた。
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もー、道が混んでていつもより長い時間かかる!
ホップはイライラしながら帰る。
イライラしながら帰っている途中、
綺麗な飾りの店を見つけた。

今日くらい、いいよな。
いっぱい働いたし。
普段は買わない贅沢な腕時計を買い、
また歩き出す。
家に着くころ、
ポケットの中のお金は、
出かける前より減っていた。
3.立ち止まる
ホップは、立ち止まった。

……あれ?

あんなに働いたのになんで減ってるんだ?
俺、何のために長く働いてたんだっけ?
ホップはいつもよりお金を得たはずなのに、お金が減ってしまって
分からなくなった。
そのとき、
森の奥から、
ゆっくりとした足音が聞こえた。
4.ふく翁との会話
ふく翁は、
いつものように静かに現れた。

ほっほ。
よく働いた顔をしとるのう。
ホップは、
今日のことを話した。
たくさん働いたこと。
帰り道で疲れてしまったこと。
ジュースを買ったこと。
遠回りしたこと。
贅沢をしたこと。
そして、
手元に残ったものが
ほとんどないこと。
ふく翁は、
急かすことなく、
ただ、うなずきながら聞いていた。

ホップや、今日やった贅沢は、
もし今日市場に行かなかったら使わなかった金ではないか?
ホップは、
少し黙った。

働いたからこそ、
疲れて、使った金じゃな。
そしてほとんど残っていない。
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もし毎日それを繰り返したら、
どうなると思う?
ホップは、
答えられなかった。
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働くために金を使い、
金を得るために働く。
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その円をずっと周り続けることになる。
ホップは黙って聞いている。
5.逆に残ったもの。

では、
逆に今日お金以外で何を得たものはわかるかの?
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……え?
今日得た報酬はお金だけだよ?

ほっほ。ほんとうにそうかのう?
新しくできるようになったことや、わかったこと、出会った人はどうじゃ?
ホップは、
少し考えた。

うーん……
箱を運ぶの、前より早くなったかも!
あとは……
市場の仕組みとかちょっとわかったし、隣でやってる人とも新しく知り合ったかも!

そうじゃろう?
お金は目に見えてわかりやすいが、
お金以外の得ているもの、失っているものも一緒に考えてみると面白いぞ。
6.翌日
翌朝、ムアに依頼されて市場に行った。
ムアからの依頼は、ホップもやり易く報酬もいいのでホップはOKした。
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ホップ昨日はありがとう。一緒だとやりやすいし、安心してこっちも仕事ができる。

いいよー!
二人は任された仕事を行い、今日は時間通りに終わった。
ムアは残って整理を行なっているが、ホップは

ムア、今日はここまでの約束だったよね!
今日はこれで帰るよ!
ムアは、少し驚いた顔をしたが、
すぐにうなずいた。
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おう!もちろんだ!
今日もありがとう!
決めた時間で仕事を終え、ホップは家に帰った。
今日は寄り道せずにまっすぐと。
そして棚から、
ずっと読みたかった本を取り出す。
少しづつホップが、
知識と信用を獲得していることに気づくのは、
もっと先の話しである。


ほっほ。
おぬしの人生も聞かせくれんかのう?
※以下は、グリム童話の
『しあわせハンス(Hans im Glück)』を、著者による意訳(現代語訳)として紹介するものです。
原典のストーリー構造を保持したうえで、読みやすく再構成しています。
『しあわせハンス』

むかし、
ハンスという若者がいた。
ハンスは7年のあいだ、
仕事場の主人のもとでまじめに働いた。
7年が終わると、
主人はご褒美として
大きな金の塊を一つ渡した。
それは、ハンスの頭ほどもあった。
ハンスはそれを布に包み、
肩に担いで家へ帰ることにした。
だが、
しばらく歩くうちに、
金の重さがこたえてきた。
「この金塊重いな……」
そこへ、
馬に乗った男が通りかかった。
ハンスは言った。
「馬に乗れるのはいいな。歩かなくてすむし、
ずっと楽そうだ」
男は答えた。
「それなら、
その金と馬を交換しよう」
ハンスは喜んで応じ、
金を渡して馬に乗った。
ところが、
馬はすぐに暴れ出し、
ハンスを地面に振り落とした。
そこへ、
牛を連れた農夫がやって来た。
ハンスは言った。
「牛ならおとなしいし、
乳も出るだろう」
農夫は答えた。
「それなら、
馬と牛を交換しよう」
ハンスはまた喜び、
牛を連れて歩き始めた。
だが、
その牛は年老いていて、
乳は一滴も出なかった。
次に、
豚を抱えた男に出会った。
ハンスは言った。
「その豚は若くて元気そうだ。
にくとしても食べられる」
男は答えた。
「では、
牛と豚を交換しよう」
ハンスは応じ、
豚を手に入れた。
ところがすぐ、
誰かが言った。
「その豚は盗まれたものだ」
ハンスは不安になった。
ちょうどそのとき、
ガチョウを持った男が通りかかった。
ハンスは言った。
「そのガチョウは、
盗まれたものじゃないだろう?」
男は答えた。
「もちろん違う。
では、豚とガチョウを交換しよう」
ハンスは安心し、
ガチョウを受け取った。
しかしその後、
理髪師が近づいてきて言った。
「そのガチョウ、
首を切らなければ
盗まれたと思われるぞ」
理髪師は
ガチョウを預かるふりをして、
そのまま持ち去ってしまった。
ハンスは、
仕方なく先へ進んだ。
すると、
砥石(といし)を売っている男に出会った。
男は言った。
「この砥石があれば、
どんな刃物もよく切れる。
働く者には欠かせない道具だ」
ハンスは思った。
「これがあれば、
また仕事ができる」
そして、
最後に残っていた小さな代わりの品と、
砥石を交換した。
ハンスは、砥石を肩に担いで歩き出した。
だが、それもまた重かった。
川のほとりまで来たとき、
疲れて腰を下ろすと、
砥石は手を滑り、
川の中へ落ちてしまった。
その瞬間、
ハンスは叫んだ。
「これで、もう何も持たなくていい!」
ハンスは、
心から晴れやかな気持ちになった。
「これほど幸せな人間は、
世界中どこにもいないだろう」
何も持たずに
家へ帰ったハンスを、
母親は迎えた。
話を聞いた母親は、
満足そうにうなずいて言った。
「お前は、
ほんとうに幸せ者だね」
