第28話:ミミと、冬の森で 〜『笠地蔵』〜
【前置き:『笠地蔵』とは?】
この物語は、日本に古くから伝わる昔話
『笠地蔵』のを参考にしています。
何かを差し出すとき、人は心のどこかで、
「いつか返ってくるだろうか」と考えてしまいます。
見返りを期待しない行為そのものが、すでに一つの“完成した選択”だということ。
ただし――
すべてを無差別に差し出せばよい、
という話でもありません。
冬の森で、ミミはその境目に立ちます。
1.冬の森と、急ぐ足音
冬の森は、
音を吸い込むように静かだった。
白い息を吐きながら、
ホップはぴょんぴょんと先を行く。

はやく行こうよ!
雪積もってきたよ!
ムアは、
新雪の柔らかさを確かめるように歩きながら言った。

そうだな。
日が暮れる前に帰らないともっと寒くなる。
今日の三人は市場へ行き、
家で使わなくなった不用品を販売していたが、
あまり売れ行きは良くなかった。
ミミは二人の少し後ろを歩いていた。
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みんなちょっと待ってよー。
そう言った瞬間、ミミは立ち止まった。
2.気づいてしまったもの
雪の積もった木の根元に、
小さな影が見えた。
目を凝らしてよくみると、小さなお墓があった。
雪に埋もれていて、誰のお墓かも、
ここを通る誰が手を合わせるのかも分からない。
ミミの胸が、きゅっと縮んだ。
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……ホップ、ムア
先を歩いている二人は振り返った。

どうしたのミミ?
とホップ。
ムアも、

ミミ、どうしたんだ?
急がないともっと雪が降ってくるぞ。
二人は急いでいて気づいていない。
3.それでも、見過ごせなかった
ミミは、少しだけ目を閉じて考えた。
――そのまま通り過ぎる自分の姿を想像したとき、
胸の奥が、きゅっと冷たくなった。
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ごめん!
二人ともちょっと先に行ってて!
そういってホップとムアを先に送ると、
誰にも気づかれないお墓の方に向かった。
ミミは墓石に積もっていた雪を払い、
お墓に手を合わせた。
そして少しだけためらってから、
ミミは首に巻いていたお気に入りのマフラーを
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これ……
少しだけ、あったかいよ。
と言ってお墓の墓石に巻いてあげた。
ミミは、
しばらくその場に立っていた。
風が吹くたび、
首元がすうっと冷える。
――寒いな。
でも、不思議と後悔はなかった。
4.翌朝、返ってきたもの
翌朝。
市場は、昨日より少しだけ明るかった。
市場では、
動物たちが自然と声を掛け合い、
重たい荷物を持つ者には、
さりげなく手が伸びていた。
ホップは、
いつもより早く売り物を手放し、
満足そうに笑っていた。

今日はなんか、うまく回った気がする!
ムアも、
帳面を閉じながら小さく頷いた。
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不思議だな。
昨日全然売れなかったのに今日は売れるな。
ミミは、
首元をそっと押さえた。
マフラーがないので少し寒い。
でも――
心は昨日よりあたたかかった。
5.ふく翁の言葉
森へ戻ると、
ミミはふく翁の書庫へ遊びに行った。
ふく翁がいつものように
記憶書庫でお茶を淹れていた。

ほっほ。
よい顔をしとるのう、ミミ。
ミミは、少し照れたように笑って、
昨日小さなお墓にマフラーを巻いたことをふく翁に話した。

それは良いことをしたのう、ミミや。
もしかしたら、なにかお礼がくるかもしれんぞ?
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お礼が欲しくてやったわけではないですが……
それに何も返ってきてないですよ?
ふく翁は、
湯気の立つ湯のみを差し出しながら、
静かに答えた。

ほっほ。
渡したものが、
必ず“物”や“お金”で戻るとは限らんのじゃよ。
ミミは、
小さく頷いた。


ほっほ。
おぬしの人生も聞かせてくれんか?
※以下は、日本昔話に収められている
『笠地蔵』の著者による意訳(現代語訳)です。
原典のストーリー構造を保持したうえで、読みやすく再構成しています。
『笠地蔵』
むかしむかし、
山里に、貧しいながらも心のやさしいおじいさんとおばあさんが住んでいました。
年の暮れが近づき、
正月の支度をしなければならない時分でしたが、
二人の家には、売って金にできるものがほとんどありません。
おじいさんは、
家に残っていたわらを編み、
笠をいくつか作りました。
「これを町へ持って行って売れれば、
せめて正月の餅くらいは買えるだろう」
そう言って、
おじいさんは笠を背負い、町へ向かいました。
けれども、その日は運が悪く、
町では笠は一つも売れませんでした。
日が暮れはじめ、
雪がしんしんと降り出しました。
「仕方がない。
売れなかったが、帰るとしよう」
おじいさんが山道を歩いていると、
道ばたに六体の地蔵さまが立っているのが見えました。
よく見ると、
地蔵さまたちは、雪にすっかり覆われ、
冷たそうに立っています。
おじいさんは胸を痛め、言いました。
「かわいそうに。
こんな寒い中、さぞ冷えるだろう」
おじいさんは、
売れなかった笠を一つずつ、
地蔵さまの頭にかぶせてあげました。
ところが、笠は五つしかありません。
最後の一体の地蔵さまには笠が足りず、
おじいさんは、自分がかぶっていた手ぬぐいを外し、
そっと地蔵さまの頭にかけてあげました。
「これで少しは寒さをしのげるだろう」
そう言って、
おじいさんは雪の中を家へ帰りました。
家に帰ると、
おばあさんが心配そうに迎えました。
笠が売れなかったこと、
地蔵さまに笠をかぶせてきたことを話すと、
おばあさんは静かにうなずきました。
「それはよいことをしましたね。
さあ、ささやかでも正月を迎えましょう」
二人は、
質素な夕飯をとり、
そのまま床につきました。
夜が更けたころ――
家の外で、
どさり、どさりと音がしました。
朝になって戸を開けてみると、
家の前には、
米、餅、野菜、薪など、
たくさんの贈り物が置かれていました。
おじいさんとおばあさんは、
驚き、そしてありがたく思いました。
「これはきっと、
あの地蔵さまたちのお礼に違いない」
二人は、
温かな正月を迎え、
いつまでも幸せに暮らしました。


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