第16話:ムアと、牙を見せた誤解 〜『サメと漁師』〜
【前置き:『サメと漁師』とは?】
この物語は、パラオ(ミクロネシア)に伝わる民話『サメと漁師』 を参考にしたオリジナル寓話です。
パラオの海の民話では、サメは単なる獣ではなく “約束を守る存在” として語られます。
この民話では誤解が約束を壊すという教訓が語られ続けてきました。
【1】海辺で見た“黒い影”
ある朝、ホップが息を切らして走ってきた。
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ムアー! ミミー! たいへんだよ!
海に、海に“化け物”が出たんだ!!
浜に行ってみると——
透明な海の下に、巨大な“黒い影”がゆっくりと泳いでいた。
ミミは耳を震わせる。
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さ、サメ…? こっちに来たらどうしよう…
ムアは冷静に答えた。

落ちつけ。
サメが浜に近づくのは珍しいけど、理由は必ずある。
潮の流れ、獲物の動き、地形の変化…観察すれば何か分かるさ。
ホップは叫ぶ。
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ムア!あいつ、絶対に危険だよ!
だって“牙”があった!!

はぁ… サメに牙があるのは当たり前だろう。
【2】恐れは事実を“加工”する
三人は海に少し入り“黒い影”を近くで観察した。
そのとき、影がすっと動き、
三人の足下のすぐ近くを通った。
ミミは悲鳴をあげてムアの腕にしがみつく。
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に、にげようよ…!
ムアはじっと海を見つめた。

牙の形、尾びれの角度、泳ぎ方。
…攻撃の姿勢じゃない。
どちらかというと“迷っている”動きだ。
ホップは反論する。
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いやいやいや!!
絶対に“食べに来た目つき”だったって!!
ムアは静かに言う。

ホップ。
“怖いもの”を見ると、人の脳は勝手に事実を加工する。
それが誤解の始まりなんだ。
ホップはムアを睨みつけた。
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またムアの“難しい説明”だ!
でも、本当に危ないかもしれないじゃん!!
ムアは答えない。
ただ海をじっと見つめた。

………
【3】ふく翁と“古い海の約束”
そのとき、背後から静かな声が聞こえた。

ほっほ。
ムアや、サメは“誤解されやすい生き物”の代表じゃよ。

ふく翁じいさん、何か知ってるのか?
ふく翁は、ランプをゆらしながら海の方を見つめる。

むかし、サメと漁師が“互いを傷つけぬ”という約束を交わしたという
パラオの海の昔話があってな。
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サメが約束!? するわけないじゃん!

ほっほ、それはどうかのぉ。
ただし、恐れが混じると、
どんなことも、見えなくなってしまうものじゃ。
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恐れ…?
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“牙を見た瞬間、敵だと思う”——
その心が、真実をゆがめる場合もあるのじゃ。
ムアは息をのむ。
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(…牙を“危険”と決めつけたのは、ホップだけじゃない。
俺も、そうだったのかもしれない。)
【4】ムア、“黒い影”へ歩み出る
しばらくすると、
黒い影が再び近づいてきた。
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ムア!! 来るよ!!
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にげて!!
だがムアは、静かに一歩前へ歩み寄った。

(…本当に“敵意”があるなら、
泳ぎ方はもっと荒々しいはずだ。)
影がすぐ目の前を通る。
その一瞬、ムアは“気づいた”。
——影は、ムアたちから目をそらすように泳いでいる。
——牙を見せていたのではなく、
“弱った口を必死に開けていた”のだ。

こいつ…
攻撃じゃない。
息をしようとして、口を開けてただけだ。
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え…?

獲物を追う動きじゃない。
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じゃあ…怖がらせたいわけじゃなかったの?
ふく翁は深く頷く。

ほっほ。
誤解が、恐れを生み、恐れが真実を見えなくする。
パラオの“サメと漁師”の話と同じじゃの。
【5】“黒い影”は静かに去っていった
海の影は、
ムアたちの方を一度も振り返らず、
ゆっくりと深い方へ去っていった。
ホップは呆然としている。
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…あいつ、ただ困ってたの?

困っていたのか、傷ついていたのか…
分からない。でも、
“攻撃してきた”と決めつけたのは僕らのほうだ。
ミミは胸に手を当てる。
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こわかったから、そう見えちゃったんだね…。
ムアはふく翁のほうを向いた。

じいさん…
恐れって、どれだけ頭がよくても、
間違った答えを出すことがあるんだな。
ふく翁は静かに笑った。

ほっほ。
“恐れ”は古来より多くの誤解を生み出しておる。
知識をつけ、世界を知りし、真の“恐れ”を理解することも大切じゃ。
ムアは少しだけ照れたような顔で海を見つめる。
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…今日、ひとつだけ賢くなった気がするよ。
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今日はごめん、ムア…
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うん…ムアのおかげで、サメさんのこと分かった気がする…

今日のムア、かっこよかったよ!
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ふん。
僕が賢いのは、今日に限ったことじゃないさ。
そう言いながら、
ムアの尻尾はいつもより柔らかく揺れていた。
【5】『サメと漁師』〜パラオ民話〜
※以下はパラオ民話『サメと漁師』の著者による意訳(現代語訳)です。
原典のストーリー構造を保持したうえで、読みやすく再構成しています。
『サメと漁師』
むかし、パラオのとある村に、
海で暮らすことを何より誇りにしている漁師がいた。
ある日、その漁師は、浜辺で大きなサメと出会った。
サメは漁師に向かって静かに言った。
「人よ、わたしはおまえを傷つけない。
だから、おまえもわたしを傷つけてはならぬ。」
漁師は驚いたが、サメの目はやさしく、敵意はなかった。
そこで漁師は言った。
「わかった。互いに害を加えないことを誓おう。」
こうして、
サメと漁師の“互いを傷つけない約束” が結ばれた。
それからしばらく、
漁師は海に出るたびに同じサメと出会い、
ふたりは静かに共存した。
しかしある時、
漁師は大きな獲物を追うあまり、
波間から現れたサメの背びれを見て恐ろしくなった。
「襲われる!」
そう思い込み、
漁師は手にしていた槍を投げてしまった。
槍はサメの体に深く刺さった。
サメは苦しみながら言った。
「なぜ…約束を破ったのだ。」
漁師は震えながら叫んだ。
「おまえが牙を見せたからだ!
わたしを食べに来たのだと思った!」
サメはゆっくりと首を振った。
「牙は、海の水を通すために開けていただけだ。
おまえを傷つけるつもりはなかった…。」
そう言うとサメは深い海へ沈み、
やがて姿を消した。
漁師は海辺に座り込み、
自分の恐れが、
約束も友情も壊してしまったことを悟った。


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