第23話:フクオウと、答えを渡さない夜 〜『知者不言、言者不知』〜
【前置き:知者不言、言者不知とは?】
この物語は、中国古代思想書
『老子(道徳経)』第56章にある言葉、
知者不言、言者不知
(知る者は語らず、語る者は知らない)
という言葉をもとにしています。
老子は、
真理は言葉で教えられるものではなく、
人が人生の中で自ら気づくものだと考えました。
これは、
「賢い者ほど多くを語らない」という
中国思想に繰り返し現れる寓話の“型”でもあります。
知者不言、言者不知――知る者は語らず、語る者は知らない
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【1】甘い香りの木の実
夕方の森。
ホップ、ミミ、ムアの三人は、いつもの散歩道を外れて小さな谷へ降りた。
その瞬間、風に乗って甘い香りがした。

え、なにこの匂い! うまそう!
草むらの奥に、見たことのない木があった。
枝に一つ、琥珀色の実がぶら下がっている。
熟した実は、夕陽を吸ってつやつや光っていた。
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……こんな木、初めて見た

季節外れだな。珍しい。これは価値がある
三人は同時に一歩踏み出し——
同時に手を止めた。
誰かが先に触れたら、
それは“取った”ことになる。
空気が、ぴんと張る。
【2】誰のものか、という争い
ホップが口を開いた。
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ぼくが最初に見つけたみたいなもんじゃん!
ムアが即座に返す。

違う。俺も同時に匂いに気づいた。
発見は同時だ。だから権利も同時だろ。
ミミは戸惑いながら言う。
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……わたしも匂いには気づいてたけど…
でも、みんなで分ければ……
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いや、だってこれ絶対うまいし!
少ないかもしれないじゃん!

感情で決めると揉める。
“ルール”が必要だ
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じゃあルール作ってよ!

今ここで?みんなが納得するルールを?
三人は黙り込む。
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……ふく翁おじい様に聞いたら……だめかな
三人は顔を見合わせた。
自分たちで決められる気もする。

いいね!ふくおうじいちゃんに決めてもらおう!
【3】答えを渡さない夜
三人は木の実を少しだけ持ち帰り、
記憶書庫へ向かった。
書庫の灯りはいつも通りあたたかい。
ふく翁は机で古書を直していた。

ねえ、ふくおうじいちゃん!
これ、すっごく美味しそうな木の実見つけた!

希少な実だ。取り分で揉めている。
あんたならどう配分する?
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……私たちで決められなくて…
でも、喧嘩したくなくて……
ふく翁は、実を手に取って眺めた。
香りを確かめ、軽く振り、机に置く。
そして——
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……
黙った。

え? なんで?
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……答え、言ってくれないんですか?

あんたは知っているはずだ。
“公平な答え”を。
ふく翁は湯呑みにお茶を注ぎ、
三人に出した。

ほっほ……
お茶は心が落ち着くのぉ。
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……だから何!
ふく翁は穏やかな目で、ただ言った。

答えを渡せば、次からも“答え”を欲しがる。
そのうち、自分の心が黙ってしまう。

老子は言うた。
知者不言、言者不知
とな。

知っておる者ほど、
おぬしたちの“決める力”を奪わぬのじゃよ
【4】もう一度、三人で
書庫を出た帰り道。
夜の冷たい空気が、頭を少し冷やした。
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……結局、教えてくれなかった。
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でも……なんか分かる気がする。
答えをもらったら、納得できないままになるかも。

あのじじぃ……
仕方ない、決めるしかない。
“納得できる理由”をそれぞれが持つ形で。
三人は、木の実の木の前に戻った。

実の形は複雑だ。
単純に三等分だと、ホップは不満が残る。
ミミも“私だけ得してない”って気にする。
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……私、実はいらない。
でも、種は欲しいな。植えて育ててみたいの。

え、ミミ優しすぎ!
でも……種だけって、なんか損じゃん!
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ううん。
来年また実がなったら、嬉しいから。
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さすがミミだな。
じゃあ、こういうのはどうだ?
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実は半分をホップ。
もう半分を俺。
少しだけ、種を分けてもらえるなら、
大きい方はホップでいい。
残りの種は全部ミミに渡す。
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……え、それでいいの?
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ホップは今の喜びを最大限楽しむする。
俺は価値を見て食べか育てるか考える。
ミミは未来を育てて、それ自体を楽しむ。
三人の欲が、喧嘩じゃなく役割になる。
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……うん。
わたしお花とか育てるのも楽しいんだ。
ホップは少し考えて、笑った。

よし! じゃあ採ろう!
ミミ、種は絶対なくすなよ!
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うん!
三人はようやく手を伸ばし、
琥珀色の実を分け合った。
【5】答えを渡さない理由
夜。
それぞれの家に戻る途中で、
ホップがぽつりと言った。

ふくおうじいちゃん、答え言ってくれなかったけど……
なんか、気持ちよかったね。
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そうだな。答えをもらうより、
自分たちで決めた方が腹に落ちるな。
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うん……
怖いけど、話し合えば、ちゃんと決められるんだね。
遠くの枝の上。
ふく翁がランプを下げて、静かに見ていた。

ほっほ……よい夜じゃの


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