第32話:ミミと、語らなかった答え 〜『賢い娘と沈黙』〜
【前置き:『賢い娘と沈黙』とは?】
この物語は、中東に古くから伝わる民話群の中でも
「賢い娘は、あえて沈黙する」という系譜の昔話を参考にしています。
王や父、共同体の前で「正しい答え」を知っていながら、
それを語らなかった娘の物語です。
【1】ざわめく森と、ミミの胸の音
その日は、
森の広場がいつもより騒がしかった。
ホップは落ち着きなく走り回り、
ムアは腕を組んで考え込んでいる。
広場に来るはずの荷物が大量に届いていたのです。
「誰が間違えたんだ?」
「ちゃんと依頼しなきゃだめだろ」
そんな声が重なり合い、
空気が少しずつ、硬くなっていった。
ミミは、
その少し後ろで立ち止まっていた。
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(……たぶん、誰かは分かる)
【2】語れば、壊れる
ホップが言った。

ミミ、どう思う?
誰が間違えたと思う?
突然向けられた視線に、
ミミの体がこわばる。
誰がミスをしたのかは、わかっていた。
しかし、そのミスは故意なものではない。
それを言えば――
ミミは、小さく息を吸った。
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……ミスをしたのは……
一瞬、
言いかけて、止めた。
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……今は、
誰が間違えたかは探さなくてもいいと思うな。
それだけ言って、
大量に届いた荷物を片付け始めた。
【3】沈黙が、場を守る
ムアは一瞬、
不満そうに眉をひそめたが、
すぐに何も言わなかった。
ホップも、
拍子抜けしたように肩をすくめる。
不思議なことに、
それ以上、言い争いは起きなかった。
時間が流れ、荷物は片付いた。
別の話題も混じり、
森の空気は、少しずつ柔らいでいった。
ミミの胸は、
まだ不安でいっぱいだった。
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(これで、よかったんだよね……)
【4】ふく翁の語り
その夜。
ランプの灯る書庫で、ミミとふく翁は話していた。

ほっほ。
ミミや、それは賢い選択をしたのう。
間違えをした人はわざと間違えた訳ではないのだろう?
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はい。
でも、みんなに言わなくてよかったのかなって。

ミミは無駄な争いを避けたのじゃよ。
どれ、一つ昔ばなしをしようかのう。
ランプの灯る書庫で、
ふく翁が静かに語りはじめた。
※以下は、中東に古くから伝わる民話群の一つ
「賢い娘と沈黙」系統の物語を、著者による意訳(現代語訳)として紹介するものです。
【賢い娘と沈黙】

むかし、
砂漠の町に
一人の王と娘がいました。
娘は幼いころから聡く、人の言葉の裏や、
場の空気を読むことに長けていました。
ある日、
王である父は町の人々を集め、
大切な決断をしようとしていました。
しかしその判断は、娘の目から見れば、
明らかに間違っていたのです。
娘は、
正しい答えを知っていました。
けれど娘は、
王である父に何も言わなかったのです。
もしその場で正しさを語れば、
父は恥をかき、
人々は父のせいにして、
争いが生まれることを
娘は知っていたからである。
娘は何も言わず、
ただ静かに、その場を見守っていました。
時が流れ、
父は自ら判断を改め、
町に大きな混乱は起きませんでした。
人々は後になって、
こう語り合ったと言います。
「あの娘は、
賢かったからこそ、
何も言わなかったのだ」と。


ほっほ。
おぬしの人生も聞かせてくれんか?
