アフリカの寓話

第9話:ムアと、森に落ちた知恵の壺 〜『アナンシと知恵の壺』〜

jinsei-shippitsu

【前置き:アナンシとは?】

西アフリカアフリカには“アナンシ”という
クモの姿をした賢者が登場する有名な神話があります。

アナンシは知恵深いが、ずる賢く、抜け目がない。
アフリカでは日本の「キツネ」や「タヌキ」に近い“トリックスター(ずる賢さの象徴)”として語られています。

『アナンシと知恵の壺』日本語訳(ページ下部へ)

【1】森に落ちていた奇妙な壺

夕暮れ前の森。
ホップとミミとムアは、ふく翁の書庫へ向かって歩いていた。

するとホップが跳ねながら叫んだ。

ホップ
ホップ

ねえ見て!へんな壺が落ちてるよ!

木の根元に、
紫色に光る細長い壺がぽつんと置かれていた。
蓋には風のような模様が刻まれている。

ムアがじっと覗き込む。

ムア
ムア

……これは、ただの壺じゃないな。
中から“ざわざわした声”が聞こえる。
知識…いや、もっと深い何かだ。

ミミが不安そうに耳を伏せた。

ミミ
ミミ

へ、変な呪いとかじゃないよね…?

【2】ムアの胸に芽生えた“欲”

ムアは壺を抱き上げ、
まるで宝物のように胸に近づけた。

ムア
ムア

……(これを使えば……
兄貴にも勝てるかもしれない。みんなが俺を認めてくれる。
誰よりも賢く、誰にも負けない存在に──)

ホップが心配そうに言った。

ホップ
ホップ

ねえムア。
みんなで見ようよ!
だって、みんなの森のものだし!

しかしムアは首を振った。

ムア
ムア

いや、これは俺が預かる。
知恵は整理しなきゃ扱えないし、
どうせみんなが見たって分からない。
“まずは俺だけで” 確かめる。

ムアの声は冷静だったが、
目の奥だけがわずかに揺れていた。

【3】独占の代償

ムアはひとり、森の大きな岩の上へ登った。
夕日が沈む中、壺を開けようとすると──

ぶわっ

壺の中から、
何十、何百という“声”が吹き出した。

「ここだ!」
「いや、そっちだ!」
「急げ!」
「止まれ!」
「考えろ!」
「動け!」

ムアの頭の中に、
大量の知恵や助言が、一気に押し寄せてきた。

ムア
ムア

うっ……!
多すぎる……
何を信じれば……!

足を滑らせ、ムアは岩場から転げ落ちた。
壺は宙を舞い──

カランッ!

地面に転がり、蓋が外れた。

壺の中の“知恵の声”が、
森の木々の間に風となって消えていく。

【4】ふく翁の登場

ふく翁が静かに舞い降り、
ムアの横にランプを置いた。

フクオウ
フクオウ

ムアや……
知恵とはのう。
独り占めすればするほど、
小さくなってしまうものじゃ。

ムアは悔しそうに拳を握った。

ムア
ムア

俺は……
もっともっと賢くなりたかった。
誰よりも賢くなれば、
何も失わないと思ったんだ。

ふく翁はうなずき、
壺をそっと撫でた。

フクオウ
フクオウ

知恵は、分け合うほど“新しい知恵”が生まれる。
みなで重ねてこそ、大きな知恵になるのじゃよ。

ホップが笑顔で手を差し出す。

ホップ
ホップ

ムア、いっしょに使おうよ!
ぼくら三人なら、もっと面白くなるよ!

ミミもそっと寄り添う。

ミミ
ミミ

わたしも……
ムアくんの役に立ちたいよ……

ムアは照れくさそうに息を吐いた。

ムア
ムア

……そうだな。
ありがとう。

【5】壺の底に残っていた“ひとこと”

夜風が吹き、
壺の奥から最後の声がふわりと漏れた。

「知恵とは、旅人が重ね合う種なり」

ふく翁は微笑んだ。

フクオウ
フクオウ

ほっほ……よい言葉じゃ。
ムアや、知恵は独りではなく、
“みなで分かち合う”ものじゃよ。

ムアは小さくうなずき、壺を閉じた。

ふく翁−フクオウ−
ふく翁−フクオウ−
〜百歳以上の森の賢者〜
Profile
長年さまざまな動物たちの“人生の話”を聞き、本として残してきた語り部。 物語や人生には語り継ぐべき教訓があると信じている。 信念を同じくする “伝記作家” と出会い、 いまは一緒に「世界中の誰もが自分の歴史を残せるようにする」という取り組みを進めている。
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『アナンシと知恵の壺』日本語訳

はじめの時代、天空の神ニャメは、
世界中のすべての知恵を持っていた。

彼はその知恵をひとつの大きな壺に集め、
クモのアナンシに与えた。

アナンシは、その知恵を
すべて自分ひとりのものにしようと決めた。

そこで彼は壺をお腹にしっかり結びつけ、
それを隠すために背の高い木に登り始めた。

しかし壺が邪魔になり、
思うように登ることができなかった。

そんな父の様子を、息子のンティクマが見て言った。

「お父さん、壺はお腹ではなく背中につければよいのでは?」

アナンシは、
自分の子どもが自分より賢いことに腹を立てて、
思わず壺を放り投げてしまった。

壺は落ちて割れ、
中にあった知恵はこぼれ出し、
世界中の人々がそれを分かち合うこととなった。

こうして、
知恵はすべての人々のものとなったのである。

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